当該作品が物議を醸しやすいのは事実であり、それゆえ「部落」について記載があることは問題としません。しかし、追われる側に立たされた元特殊部隊隊員に対して、彼を追っていた刑事が元特殊部隊員・味沢(高倉健)と、彼らを抹殺すべく追っている特殊部隊に対して「きちがい」という表現で激しくなじる場面も同様に問題にしなければならないはずです。

 
しかるに、「部落」については出典も何もなしに掲載が続いているのに、同様にごく少数の放送を除いて音声削除を食らっている「きちがい」については、問答無用で削除されました。これは、映画を素直に鑑賞するならば、国家の暴力装置に対する表現者の率直な批判的表現であり、これを音声削除することは、単なる「言葉狩り」を超えて、作品の骨格にかかわる「改竄」というべきものであることを丁寧に指摘しました。

 
この映画の放送に当たって、常にこの文言の削除が問題とされていることはこれまた「公知の事実」に属し、実際それゆえに視聴者を比較的限りやすいBS-FUJIではノーカットであったけれども、地上波ではカットということになったことは容易に推測できることです(雑誌「放送レポート」には、再三にわたってこれら問題が採り上げられています)。それゆえ、なぜ問答無用で削除なのか、理解に非常に苦しむところです。

 
もしも、自衛隊あるいはモデルとされたレンジャー部隊関係者による「自作自演」であるならば、そういった性質を持ち世論の批判を受けがたい組織は、容易に腐敗する、という作品のメッセージそのままの事実というべきであり、むしろ問答無用の削除こそやめさせるべき行為でしょう。

 
いずれにせよ、Wikipediaには、編集方針の恣意的な運用が目立ちすぎます。簡単に言えば、この国に対していささかなりとも批判的な記述には厳格に適用されるのに、礼賛的な記事に対しては、どこかの文献に出ていた・調査でわかった(文献の信頼度や調査の客観性について吟味することなく)だけで容易に掲載が許容されています。これは自民族中心主義・自国民優越主義の発露と言うべきであり、編集者のお好きな「世界的な視点」からは排除されるべきものです。

 
このまま、こういう恣意的な運用が続くならば、「御本家」に対して、日本語版Wikipediaは自民族中心主義・自国民優越主義に対して明確な姿勢を欠き「世界的な視点」を著しく欠いているが故に、Wikipediaの名称を使わせないよう訴えるつもりですので、お覚悟を。

 
ちなみに、私が匿名であることを論難する向きには、2ちゃんねるの「ひろゆき」の言う「匿名の言論」ではなく、まじめな本でまじめに論じられている「匿名の言論」について、まじめに学習することを強く薦めます。2ちゃんねるを代表として、とうとうたる偏狭な自民族中心主義・自国民優越主義の中で顕名でものを書くことは「安全」であり、「ひろゆき」のようにヒーロー扱いさえされます。しかし、自民族中心主義・自国民優越主義の自民族中心主義・自国民優越主義たるところは、それに批判的な人間に物理的暴力を含む、あらゆる暴力が加えられるところにあり、顕名で書け、と強制することもその一つと考えます。たとえるに、近代兵器の大舞台に竹槍一つで立ち向かえ、と強制することと同義です。

 
それゆえ、Wikipediaが本来の意味の「世界的視点」を真面目に取り入れて、単なる翻訳を持って「世界的視点」として満足するのではなく、自民族中心主義・自国民優越主義を編集方針において明瞭に清算し、それを対等に適用するまで、実名はいっさい明かさず、あなた方を「2ちゃんねる別室」「敵」とみなして、徹底的に攻撃することを宣言します。
 


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