柴田(あ)です。 自説開陳、意見歓迎。
<[メールアドレス保護]> の、 "Re: [OSM-ja]地図間違いについての記事" において、 "Sun, 28 Sep 2008 19:07:23 +0900" 発信のメイルで "Taro Kawahara <[メールアドレス保護]>"さんは書きました: > Hiroshi Miura さんは書きました: > > 地物のなかには、当事者が編集しないほうが > > よいとおもわれるものもあるのでしょうか。 > > > いや、むしろ逆で、地元の人でないと描けない表現や選べない > 選択肢がたくさんありそうですね。 OSMの面白さが一段と > 増したのではないかと私は思っています。 地図情報はある意味その地域にすんでいる人の 地域情報で(←あたりまえ)、個人情報の拡大版と いいましょうか、ソのスジでいうところのパーソナルスペース http://www8.plala.or.jp/psychology/topic/personal.htm …あぁいい表現がありました、ナワバリの情報なわけです。←柴田(あ)説 すなわち個人情報が自身でコントロールできる状態で ありたいのと同じように、ナワバリ情報もそこに住んでいる 自身(ら)でコントロールできる情報でありたいのでは ないかと思うわけです。 と想像するところから拡大して、たとえば ・真の聖域(サンクチュアリ)はヨソモノには来て欲しくなければ 記載しないで置いておく ・今回の件のように通過してほしいルートが別にあるなら そちらをメインに書いて、そうでないところは記載しないとか ぬるくしておくなどする ・メダマな地域があるならソコについてしっかり記載するとか まぁ、そんなこんなが実現できそうに思います。 > また、これは興味深い検討課題で、同じWiki風のメディアで > ありながら、百科事典と地図とでは違うところがあるのかも > 知れませんね。 百科事典は第三者の視点で記載するわけですが、地図ってのは 基本的に当事者視点にならざるをえないので、その辺が 影響しているような気がします。 -- あまねく生命に、あまねく知性に、最大の幸福を願う E-mail:[メールアドレス保護] _______________________________________________ Talk-ja mailing list [email protected] http://lists.openstreetmap.org/listinfo/talk-ja

